大山田ってこんなとこ

大山田ってこんなとこ

三重県北西部、かつて伊賀の国と呼ばれた伊賀盆地の東端にある大山田。国道163号線が村の中軸となって東西を貫き、服部川が国道に寄り添うように流れています。

周囲を山に囲まれた村は、整然とした田には稲穂がみのって、のどかな風景に気持ちまで晴れやかにしてくれます。

 


四季折々の美しい景色とその土地で育まれた農作物、「そうぞ」という言葉を合言葉にし、人と人のふれあいを大切に人と自然の生命を育む村が大山田村です。

 

太古の自然が育んだ大山田の自然

今からさかのぼること約400万年前、村には古琵琶湖の初期である「大山田湖」が誕生しました。

その後、この湖は川の流れにより埋め尽くされ、現在の琵琶湖となりました。そして、この古琵琶湖に堆積した地層は「古琵琶湖層群」と呼ばれ太古の動物たちの足跡化石が埋もれていました。

平成5年9月の台風14号による集中豪雨で中島井堰下流の川岸がけずられ、そこからゾウやワニの足跡化石が発見されたのです。

琵琶湖が成立する過程で最も古い湖だった大山田湖。そこはゾウが生息するゾウの楽園だったことが発見された多くの足跡から証明されています。


松尾芭蕉が歩いた街道

伊賀と伊勢を結ぶ伊賀街道。古くは「伊賀越奈良道」といわれ、東海道のような主要街道ではなく、京、大和、山城方面と伊勢神宮を結ぶ参宮道の一つでした。 伊賀上野出身の松尾芭蕉をはじめ、多くの文人が使ったこの道を辿ると、街道には芭蕉の詠んだ句碑を見ることができ、当時の村の様子を偲ぶことができます。


清流が心を洗う馬野渓谷

広瀬から馬野川をさかのぼり、杜を奥深くゆくと、そこは清流と、そして木々が造り出す異空間。
布引山系の森に育まれた清らかな流れには渓流の女王、アマゴが棲み、時折その美しい姿を映します。


「水源の森百選」西教山水源の森

村の暮らしを支え、清流を守る水源の森。
服部川支流東出川の上流域に整備が行われ、中でも「千歳の森」は、条例で永久に伐採できない巨木の森づくりが進められています。


清らかな流れに心潤う服部川

思わず手をつけたくなるほど澄み切った水の流れ。ここはまた川釣りお名所としても知られ、本流域でアユが、上流域ではアマゴ釣りが楽しめます。さらに源流に遡るとオオサンショウウオが生息しています。


青山高原 風の通り道にそびえるウインドファーム(集合型風力発電施設)

タワーの高さ50m、羽の長さ25mで、地上から最上部までの高さは75mあり、風を受けて勢いよく羽がまわる姿が雄大な青山高原。
山、川、田畑、恵まれた自然環境を守るため、先進的な風力発電に取り組み、地球に優しい風からの贈り物を大切に、人と環境にやさしい未来を目指しています。

また、標高600~800 m、南北15kmにもおよぶ大きな高原は、春のツツジ、秋のススキなど四季折々の花が咲き、野鳥のさえずりも耳に届きます。そして古木になった、アセビは春に白くて小さな花をいっぱい咲かせるなど、青山高原の自然を楽しみに人々が訪れる名所です。


植木神社「祇園祭」

植木神社祇園祭は、伊賀地方の祇園祭の中でも、県の無形民俗文化財に指定されていることで知られている代表的な祭りの一つです。
夏の暑さが厳しさを増す七月最後の日曜日、神輿、だんじり、献花、竹幣、花太鼓が、往時の面影を残す平田の街道筋を五穀豊穣を祈願し華やかに練り歩きます。

豪華絢爛な三基のだんじりにはこどもたちが乗り込み、笛や太鼓、鉦を鳴らしてお囃子を演奏します。
「チョーサヨォー」の掛け声とともに、神輿を大胆に傾ける「くねり」の激しい動きが繰り返され、祭りは最高潮になります。



大山田農林業小学校

高齢化が進む農林業を守るため平成7年に大山田農林業公社が設立した大山田農業小学校。旧大山田村、農協、森林組合、農業者が出資し、農業の後継者対策にとりくんでいます。10カ月約18回の体験教室を通じて、農作業と、自然との付き合い方を学ぶことができます。田畑での農作業を軸に、カヌー体験、収穫祭、餅つきなどのレクリエーションが加わり、子どもと一緒に家族で楽しめる。自分で種から育てる醍醐味と感動が味わえるプログラムになっている。
運営には、地元ボランティアが協力し、今年で15期生を迎え、この取り組みは地域にもしっかり定着。農作業に加えて竹細工やわら細工、郷土料理を教え、それが結果的に地域文化を守り後世に伝えることにもつながっています。



おおやまだ農業小学校って?
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